アジアオカリナ「仨人行」コンサート in 茅ケ崎

6月23日茅ケ崎で、陳若儀(台北)、張晏誠(高雄)、許少榮(香港)、オカリナ巧者の三人がアジアオカリナツアーの最後を締めました。

三人は2014年韓国の国際オカリナフェスティバルで出会い、意気投合し、楓の木の下で、一番上の姉貴として陳若儀老師、二番目の兄貴として張晏誠老師、一番下の弟として許少榮老師が金襴と輝く義兄弟の契りを結んだと紹介されました。このあたりの表現は、三国志演義の劉備、関羽、張飛の桃園での集いや水滸伝を彷彿させるものがありますね。

このコンサートにアルモニーア(河崎敦子、木村静子、折田緑、橋倉千秋)がゲスト出演しました。アルモニーアは今年3月に台湾陶笛文化交流協会主催の全国聯合陶笛音楽会に招待されており、このご縁で「仨人行」コンサートに出演させていただきました。

オカリナとピアノ演奏会

6月15日、生憎の雨模様でしたが、イオンせんげん台店のインストアスペシャルショーとして、オカリナとピアノ演奏会を開きました。

午前の部は2階のイオンラウンジで、午後の部は3階のittumoステージで行いました。それぞれの部も雨の中、多くのお客様にお越し頂き、感謝です。

今回は、河崎まほによるピアノ伴奏で、50年近く前の曲から今聞いている曲まで、その時々の思い出と重なるメロディを演奏しました。

第10回オカリナフェスティバル in 流山

平成31年2月17日、流山エルズ(流山市生涯学習センター)多目的ホールで開催された「オカリナフェスティバル in 流山」に歌笛陶笛楽団2019が参加しました。

このオカリナフェスティバルは、流山市生涯学習センターを利用し、オカリナの演奏活動をしている方々の交流と親睦を目的とし、今回で10回目を迎えました。

歌笛陶笛楽団2019は来月3月に台北で開催される台湾オカリナ全国聯合音楽会に特別ゲストとして招聘されており、今日は台湾で披露する楽曲を演奏しました。

オカリナカルテット”アルモニーア”コンサート

2月10日、イオンせんげん台店3階の ittsumo ステージで、アルモニーアのコンサートを行いました。満席で、通路側にあふれるほどのお客さまにお越しいただきました。

アルモニーアは、イタリア語で調和・ハーモニーという意味で、木村静子、河崎敦子、折田緑、橋倉千秋(立ち位置が向かって左側より)の4人が2015年頃結成しました。

オカリナとピアノの調べ

平成31年1月26日、埼玉県宮代町にある進修館小ホールで、佐藤益子さん(29年12月に台中での台湾陶笛楽団の年度コンサートを一緒に訪問、30年8月のサントリーホールでのサマーコンサートにも一緒に出演。河崎敦子とオカリナデュオ ”acomaco”を結成。)、そしてピアニストの佐藤美和さん(佐藤益子さんのお嬢さん)とのコンサートを行いました。昨年9月の愛知公演(文化フォーラム春日井)に続き、埼玉公演となりました。今年夏には、再度名古屋公演(名古屋市内)が企画されています。

小ホールは大勢の皆様に来場いただき、お蔭様で満席となりました。宮代町の町議会の議場として使われる小ホールですが、天井が高く、音響も良く、館内の掲示板に「議場でコンサート」というキャッチコピーのポスターが貼ってあるように、クラシックから民謡まで幅広いジャンルの音楽が奏でられています。

アケタオカリーナ祭り2018

創業90周年を祝うアケタオカリーナ祭り2018が12月23日、24日の両日、西荻窪にある杉並区勤労福祉会館ホールで開催されました。

河崎敦子は23日の部にオカリナ四重奏グループ「アルモニーア」の一員として出演しました。「アルモニーア」は、2019年3月に台北で開催される台湾陶笛聯合音楽会にゲスト出演することとなっています。また、「アルモニーア」の前のステージには、名古屋からわざわざ来演された、同じく四重奏グループの「クォーレ」で、2019年1月に進修館で一緒にコンサートを行う佐藤益子さんがメンバーです。

今回のアケタオカリーナ祭りには祝創業90周年と冠がついています。この数字の意味がよくわからなかったのですが、会場の入り口の展示を見て、初めて理解しました。アケタの創業者である明田川孝さんが1928年(昭和3年)にドイツ人のオカリナを見て製作をはじめた年を起点としているようです。パンフレットにも書いてあると思い込み、展示物の写真を撮らなかったことが残念です。

会場の杉並区勤労福祉会館の周辺の地図をみていたら、「ロケット発祥の地」が近くにあったので、コンサートが始まる前の時間を利用して訪問しました。青梅街道沿いに東京方向に150メートルほど行った、日産プリンス東京・荻窪店の片隅に「ロケット発祥之地」と「旧中島飛行機発動機発祥之地」の碑が建っていました。中島飛行機は第二次世界大戦中には映画「加藤隼戦闘隊」で有名な陸軍の戦闘機「隼(一式戦闘機)」を開発・製造した会社で、当時世界有数、アジア最大の航空機メーカーであり、荻窪には東京工場(エンジン工場)がありました。この工場では「隼」、海軍の「零戦(零式艦上戦闘機)」のエンジンとして有名な「栄」が作られていました。戦後、中島航空機はGHQの財閥解体指令により12社に分割され、その中から富士重工業(現在のSUBARU)や富士精密工業が誕生しました。この東京工場の跡地は、富士精密工業の地となり、富士精密工業はプリンス自動車工業に名前を変え、日産自動車と合併して現在に至っています。プリンス自動車は名前の通り皇室と関係が深く、「プリンスロイヤル」は自動車の御料車としては5代目、初の国産御料車の栄誉を担っています。